第三倫理研究所

暴力でも反暴力でもない第三の道を目指して

詩:「道」

 いま、あなたのいるところは、すでに何者かが歩んできた、たくさんの道の集まりである。自分の道を歩むには、いま、自分のいるところが、何者かが歩んだ道であることをまず知らなければならない。もちろん、その道の集まるところで、幸福に暮らすことはできる。でも、自分の道を歩むには、それらの道の先っぽに立たねばならない。先っぽに立つと、もうその先には道はない。あるのはただ、暗闇ばかりである。暗闇のなかには、...

「私たちは道徳によって欺かれてはいないだろうか」 by.レヴィナス

 「私たちは道徳によって欺かれてはいないだろうか」 この言葉は、二十世紀のユダヤ人思想家レヴィナス、第一の主著『全体性と無限』の冒頭を飾る一文である。 私たちは道徳によって欺かれてはいないだろうか。この問いを問うとき、私たちは道徳の外へと連れ出される。しかしそれは、非道徳的になることではない。この問いを問うとき、私たちは道徳的とか、非道徳的などと分別をつける、その外側に連れ出されるのだ。 道徳...

『存在と時間』をドイツ語でNo.1-5

 <冒頭:SZ 1>1.>>Denn offenbar seid ihr doch schon lange mit dem vertraut, was ihr eigentlich meint, wenn ihr den Ausdruck 'seiend' gebraucht, wir jedoch glauben es einst zwar zu verstehen, jetzt aber sind wir in Verlegenheit gekommen<<.訳)「というのもきみたちは、やはりすでにずっと、『’存在する’』という言葉を用いるとき、そもそも何を意味しているかをよく知っているのは明らかだから...

『存在と時間』をドイツ語で~No.5

 5.Das Absehen auf ein solches Ziel, die in solchem Vorhaben beschlossenen und von ihm geforderten Untersuchungen und der Weg zu diesem Ziel bedürufen einer einleitenden Erläuterung.訳)そういった目標へと見通すこと、そういった企てのうちに含まれ、その企てから要求される諸研究、およびこの目標への道のりは導入的な説明を必要とする。※ 特に注釈や考察はなし...

『存在と時間』をドイツ語で~No.4

 4.Die konkrete Ausarbeitung der Frage nach dem Sinn von >>Sein<< ist die Absicht der folgenden Abhandlung. Die Interpretation der Zeit als des möglichen Horizontes eines jeden Seinsverständnisses überhaupt ist ihr vorläufiges Ziel.訳)「”存在”」の意味への問いを具体的に仕上げることが以下の論稿の意図である。”時間”の解釈が、あらゆる存在了解一般の可能な地平として、その暫定的な目標と...