第三倫理研究所

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『存在と時間』をドイツ語で~No.4

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4.
Die konkrete Ausarbeitung der Frage nach dem Sinn von >>Sein<< ist die Absicht der folgenden Abhandlung. Die Interpretation der Zeit als des möglichen Horizontes eines jeden Seinsverständnisses überhaupt ist ihr vorläufiges Ziel.

訳)
「”存在”」の意味への問いを具体的に仕上げることが以下の論稿の意図である。”時間”の解釈が、あらゆる存在了解一般の可能な地平として、その暫定的な目標となる。

注)
・細谷はその注釈において、「解釈(Interpretation)」とほぼ同義として用いられている「解意(Auslegung)」を場合によっては訳しわける必要があると指摘している。前者は学術的・理論的な解釈を指し、後者は非主題的・日常的な解釈を指す。
・細谷の注釈より、地平とは「なにかがしかじかのものとして理解できるようになる場面、視圏」を意味する。ちなみにこれはフッサール現象学でも用いられている。

考)
・ここで、時間が存在了解の地平として位置づけられている。本書が『存在と時間』という表題を掲げる所以である。ハイデガーによれば、表題における「と」には格別な意味があるらしい。
・以下、自分の解釈。「と(und)」は異なる両項を同一のコンテクストの上に乗せて、その脈絡を示唆できるという意味で格別の助詞なのではないだろうか。異なる語である「存在」と「時間」をつなぎ合わせる役割を「と」は果たしている。
・さらに私見。存在は「~である、~がある」と言われるが、時間は「もう~ない、まだ~ない」と言われる。この意味での「ある」と「ない」の対比は表面的なものだろうか。ここに断絶を見るか、深い関係性を見るか。
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Category: 学習ノート
Published on: Fri,  06 2017 11:33
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